第11回シンポジウム概要報告
2018年6月の第11回のシンポジウムに多くの方の参加をいただき誠にありがとうございました。
今回のテーマ「動物園をデザインする」にデザイン業界の方々や動物管理を目指す学生にも興味を持たれ参加をいただきました。今後将来、動物園はどうデザインされるべきか、種の保存、環境、教育など学問研究の立場や実際に動物園を設計、マネジメントをする立場であるリーダーたちにご登壇いただき、議論を交えました。
今回ご登壇いただきました数名の方の考えを掲載いたしておりますので、どうぞご覧ください。
登壇者紹介
◾️ 小菅 正夫 氏
特定非営利活動法人 代表理事・北海道大学客員 教授
◾️ 森田 哲夫 氏
宮崎大学 名誉教授
◾️ 松崎 淳 氏
株式会社とんざこ設計室 代表
◾️ 岩野 俊郎 氏
到津の森公園 園長
◾️ 成島 悦雄 氏
(公社)日本動物園水族館協会専務 理事・日本獣医生命科学大学客員 教授
◾️ 村田 浩一 氏
日本大学 特任教授
第1部 基調講演
「こどもたちと動物園」
宮崎大学 名誉教授 森田 哲夫 氏
動物園の4つの役割はよく知られているが、それ以外にも子供たちの情操を育む上で動物園は少なからず貢献する可能性があると考えている。
絵本や歌を通じて知っている動物を実際に動物園で見ることは幼児が動物への関心を深めるきっかけになると考える。動物を知ることの楽しさを伝える展示や解説は各地の動物園でみられる。また、園の随所にある子供たちを優しい気持ちで包む工夫は情緒の安定に寄与しうる。国外には、体や心に障がいを持った子供や大人が楽しめる園が存在するとも聞く。ひとに優しい動物園はインクルーシブ社会の重要な構成要素になるとも思う。
地元に定着した国内移入種を展示し、ひとの手で拡散させないことの重要性をわかりやすく伝えることで子供たちの環境倫理に関する意識が高まる。また、ふれあいエリアでの手洗いの指導は人獣感染症予防に関する正しい衛生意識を定着させ、適切な距離をもって動物に接することの意義を知らしめる。子供に向けたこれらの啓発活動を動物園は担っている。
昔ながらの姿を留める日本在来の家畜には歴史・考古学・民俗学との接点が存在する。在来家畜展示の解説で関連分野の知見が紹介されることから、動物園は人文科学分野につながる扉も持つといえる。手ほどき次第でこどもの知識欲は生き物にとどまらず広がりうる。
動物のもつ凄さを展示することは私たちが生き物に対する畏敬の念を培うきっかけとなるとされている。しかし、凄みのある行動を示す動物種の数は限られている。でも、不思議なことなら単細胞生物・無脊椎動物から脊椎動物までたくさんある。例えば、毎年、渡りの途中のアサギマダラを観察することでこのチョウの驚異の飛行能力を子供達は知る。不思議だなと思う気持ちは科学する心に発展する。
動物園は環境適応の多様性を知る教材の宝庫である。ピーターラビットシリーズの、まちと田舎でそれぞれ暮らすネズミは食性も消化管形態も随分違う。目視では捉えにくい生き物の適応の多様なあり方を知るには比較生理学と比較解剖学が有用である。それをうまく展示に組み込む試みが各地で行われている。多様性を理解することは他者への寛容さを醸成するとされている。子供にもそれが当てはまるといい。
子供の情操の涵養という大きなテーマを掲げながら専門外かつ力量不足ゆえの視野の狭さと理解不足が目についたのではないか。門外漢の話に付き合ってくださったことに謝意を表したい。
「動物園をデザインする」
到津の森公園 園長 岩野 俊郎 氏
1 動物園のデザインとは
新規にしろ、改修にしろ、新しい動物舎は新しい基軸で考えられるべきである。しかし現状は、海外の先進的動物舎あるいは商業的に斬新と思われる動物舎「デザイン」であることが多い。それ故に既存あるいは連続的な動物舎とのあるいはその動物園が持つ環境との調和が取れず、その動物園の独自性を失うことにも繋がっている。
今回の「動物園をデザインする」というこの小論は上記事項に注目し、論理を展開する。
2 動物園のデザインは構造物のデザインではない
過去、動物園は「アミューズメント」としての役割であった。教育や研究の場ではなかった。そのように断定はできないかも知れないが少なくとも多くの動物園はそうであったろう。子どもの情操教育とはよく言われるが。小さな囲い込みの例えば1頭のサルが教育的であるとはとても言い難い。
基本にあるのは「見せる」ということであったであろう。種としての行動等の生活の供覧ではなくて、個の姿のみがただ珍しいといういわゆる概観的「興味」であった。現在でもその主旨は生きており、マスコミ等で取り上げるのは珍しい動物が主である。珍しい動物は新しい建物と等価である。つまりそれは「人目を引く」ということを意味している。成功例を真似ようとするコマーシャリズムは成功するとは限らない事例を多く造り出している。
デザインが構造物のことを意味しないとしたら、何をデザインするのか。デザインとは「[ある目的のための](入念な)計画」(ジーニアス英和大辞典)でもある。この小論はそれに沿って進めている。
動物園の「デザイン」はまず初めに動物園の指針を決めることから始まる。それがいわゆる「ポリシー」である。用語は様々であろうが「揺らがない方針」とでも言ったら良いだろうか。職員、市民、動物を巻き込んでいるのであるから「揺るがない方針」はすべての基本である。もちろん時代的背景の中で徐々にその姿を変えるということがあったとしても。
日本各地の広がる動物園は各地の特色の上に成り立つもので、一時の興味や思い付きによって振り回されるものではない。それは日本の立ち位置と同じで、日本が世界に何ができるかというのは、日本独自のやり方で貢献すべきことでもある。それ故に、地方の動物園と国立の(日本の)動物園が並立できる理由でもある。地球上では日本はローカルである。
3 動物園の将来
日本の動物園は海外の動物園に遅れをとっていると言われている。それ故に海外からのバッシングも当然のことのように起きる。そのギャップを埋めるのは動物に対する科学的視点しかないかもしれない。日本での動物を見る目は明らかに他の生物であり、空間をシェアする隣人ではない。今日まで地球上に共存してきた生物同士としての科学的理解が今こそ必要で、日本人はそれができる豊かな感性と知識を持ち合わせている。
そのような基本的な思考こそ、「動物園をデザインする」最低条件となるであろう。
最後に、日本の飼育員のレベルは世界水準であると思っている。どの国の飼育員より科学的な知識と理解を示し行動している。今そのような若者が増えている。海外の権威づけられた階級社会とは全く様相を異にしている。日本の飼育員は科学者であり、現場で活躍するフィールドワーカーである。彼らの活躍なくしては日本の動物園の発展はないと断言できる。
話題提供
動物園のイメージを作るためのデザイン
(公社)日本動物園水族館協会 専務理事・日本獣医生命科学大学 客員教授 成島 悦雄 氏
動物園をデザインするというと、まず、動物舎の配置、園路の通し方、観客導線、管理施設の配置などが頭に浮かぶ。これらの内容は基調講演の演者によって話されることと思うので、私からは統一したデザインでその動物園のイメージをアピールすることについてお話ししたい。
私が勤務した東京都井の頭自然文化園は、同じ都立動物園といっても上野動物園や多摩動物公園にくらべると知名度が圧倒的に低い。武蔵野市と三鷹市にまたがる園域をもつ面積12ヘクタール弱のこぢんまりとした動物園で、地元の利用者が過半数を占める地域密着型動物園である。すぐそばに三鷹の森ジブリ美術館があるが、外国人利用者で賑わう同美術館に比べ、外国人の利用者は1%にも満たない。
入園者数をやみくもに増やす必要は無いが、園で行われている多彩な活動を多くの方々に活用してもらうことは、野生動物を理解し、その生息環境を守るうえで動物園として必要なことである。潜在的な利用者を増やすためには、園がどのような活動を行っているか、人々にイメージを発信していくことが大切であると考える。
幸い、井の頭自然文化園には常勤ではないが専任のデザイナーがおり、各種催しのポスター、園内案内掲示板、動物解説板、パンフレット、動物園グッズ(手ぬぐい、ポーチ、T-シャツ)等を統一した雰囲気のデザインで制作している。駅貼りポスターでは、乗客からこのポスターをほしいという声を複数頂いている。
デザイン原案が完成した段階で、園の担当と協議し修正が加えられて世に出ることになるが、統一した雰囲気のデザインであるため、一目で文化園に関係するものだとわかり、園のイメージを伝えやすい利点がある。具体的には小さい子どもがいる親子での来園を促す一方、大人にも穏やかで静かな時間を過ごせる動物園らしいとの想いを抱かせるデザインとなっている。
園外に掲示されるポスターを、継続的に似たような雰囲気のデザインで提供すれば、園名を見なくても井の頭自然文園で何かやるんだなと自然に思い起こさせる効果が狙える。実際に園に足を踏み入れるて園内の掲示や解説版が同じ雰囲気で作られていれば、更に文化園イメージを利用者の脳裏に訴えられることになる。
言葉を介さずに園の活動を伝えるには、園のイメージをデザインで作り上げていくことがことのほか効果的であると感じている。もとよりイメージに合った日々の活動を充実させていくことは言うまでもない。