コラム

世界屈指の多様さを誇るマレーシア、ボルネオ島の熱帯雨林。密林を蛇行するキナバタンガン川の流域に生きる、多様性、固有性に満ちた動植物たち。その姿を紹介いたします。


サンダカンとマリアウベイスンの位置


キナバタンガン川は、ボルネオ島のマレーシア・サバ州を流れる全長560kmの大河です。河口は日本でも有名なサンダカンで、ここの船着き場からボートで可能な限り遡上し、そこからは車と徒歩で源流のマリアウベイスンまで登り、沿岸に生息する動物を調べてきた。今回はそこで観察した代表的な動物を紹介します。

写真撮影・解説 小菅正夫


キナバタンガン川


キナバタンガン川を遡上する

キナバタンガン川を遡上する。


河畔林が鬱蒼としてきた

河畔林が鬱蒼としてきた。。。


カニクイザル


カニクイザル(Macaca fascicularis)最初に現れた


カニクイザル

カニクイザル


キナバタンガン川の夜


マレーウオミミズク

マレーウオミミズク(Ketupa ketupu)夜の湖で。


カワセミの1種

カワセミの一種(Alcedo sp.) 夜の湖で。


テングザル


テングザル♀

テングザル♀


テングザル♀(Nasalis larvatus)の写真には何頭のテングザルがいますか?


テングザル♂

テングザル♂

テングザル♂


テングザル♂(Nasalis larvatus)


ボルネオオランウータン


若いボルネオオランウータン♂(Pongo pygmaeus)高さ30mほどの木で採食中。


ボルネオオランウータン-♂

ボルネオオランウータン-♂

ボルネオオランウータン-♂

ボルネオオランウータン-♂

ボルネオオランウータン


若いボルネオオランウータン♂(Pongo pygmaeus)高さ30mほどの木で採食中。


ジャワオオコウモリ


ジャワオオコウモリ

ジャワオオコウモリ


ジャワオオコウモリ(Pteropus vampyrus)約3000頭の群れが夕暮れになって塒を飛び立つ


材木運搬車


材木運搬車


マリアウベイスンへ向かう途中で会った材木運搬用トラック。上部分を下ろせば30m以上の材木も運搬できる。


絶壁は梯子で登る


絶壁は梯子で登る

途中、何カ所も絶壁があり、梯子を登っていく


突然の雨


突然の雨

マリアウベイスンで突然の雨


雨後の虹

晴れた空には美しい虹が・・・


ジャワジャコウネコ


ジャワジャコウネコ(Viverra tangalunga)夜中、キャンプに現れた


ジャコウネコ

ジャコウネコ

ジャコウネコ

ジャコウネコ

ジャコウネコ

ジャコウネコ

ジャコウネコ

ジャコウネコ

ジャコウネコ


クロテイオウゼミ


クロテイオウゼミ

クロテイオウゼミが羽化の為に出て来た跡

クロテイオウゼミが羽化の為に出て来た跡


クロテイオウゼミ(Pomponia merula)と地面から抜け出した跡


ヒガシボルネオハイイロテナガザル


ヒガシボルネオハイイロテナガザル(Hylobates funereus)麓のロッジにて


ヒガシボルネオハイイロテナガザル

ヒガシボルネオハイイロテナガザル

ヒガシボルネオハイイロテナガザル


ヒゲイノシシ


ヒゲイノシシ

ヒゲイノシシ♂(Sus barbatus)ロッジ周辺にて


ファイアーアント


ファイアーアント

ファイアーアント

ファイアーアント

ファイアーアント

ファイアーアント


ファイアーアント(Solenopsis geminata)恐ろしく大きい


噛み付いたファイアーアント


大顎で私の袖に噛み付く


オオコノハギス


オオコノハギス


オオコノハギス(Arachnacris corporalis)


カマキリの一種


カマキリの一種


カマキリの一種



皆さんは、日本にも国立動物園があったことを知っていますか。なぜ、過去形になっているのかというと現在は国立動物園がないからです。でも過去にはありました。

皆さんご存知の上野動物園です。この日本最初の動物園は、明治15年(1882年)に農商務省所管の博物館付属施設として開園しました。集められた動物は日本産のものが中心で、家畜も展示されていたそうです。その後、明治19年(1886年)には宮内省所管になり、トラやシフゾウ、ラクダ、オランウータンといった外国産の珍しい動物が数多く飼育展示されるようになりました。そして、関東大震災の翌年大正13年(1924年)には、皇太子殿下(昭和天皇)のご成婚を記念して、当時の東京市に下賜されました。それで上野動物園の正式名称は「東京都恩師上野動物園」となっているのです。このことによって、日本の動物園は国立の時代が終わり、自治体立の時代へとなっていくのです。東京市では、動物園を下賜されてから昭和13年までの15年間で、これまでの施設をリニューアルし、魅力的な動物園にしていったそうです。

自治体立最初の動物園は、明治36年(1903年)に開園した京都市動物園で、2番目は大正4年(1915年)開園の大阪市天王寺動物園です。また、民間の動物園としては、明治43年(1910年)箕面有馬電気軌道が設立した箕面動物園(1)が最初で、続いて大正5年(1916年)に鹿児島に鴨池動物園(2)が開園しました。その後も動物園建設は続き、大正7年(1918年)には名古屋市舞鶴公園付属動物園(3)、大正8年(1919年)甲府市遊亀公園付属動物園、大正15年(1926年)小諸市動物園が開園しました。昭和に入ってからも、昭和2年(1927年)神戸市立王子動物園が開園し、昭和4年(1929年)には熊本市動植物園と私立の宝塚動物園(4)、昭和5年(1930年)私立栗林公園動物園(5)と新設が続き、昭和7年(1932年)に甲子園阪神パーク(6)、昭和8年(1933年)に福岡市動物園、私立到津遊園(7)と、日本各地に相次いで動物園が開園し、多くの人々が動物園を訪れるようになったのです。


このように日本では、上野動物園が開園して以来50年の間に、14園もの動物園が次々と誕生しました。これらの動物園は上野動物園を見習い、世界各国の珍しい動物を収集展示することで多くの人たちを楽しませてきました。それらの動物園が共通して飼育展示してきたのが、いわゆる動物園三種の神器と言われた“ゾウ、キリン、ライオン”です。その後、終戦間際の戦時猛獣処分を経験し、戦後の動物園復活と地方都市へも及んだ動物園建設ブームを経て、一時は日動水加盟園館だけで100園を越えた日本の動物園は、その多様性を示すことは少なく、まるで金太郎飴のように、どこの動物園へ行っても上野のミニコピーのような動物園ばかりが出来てしまいました。それによって日本人には統一された動物園のイメージがつくられてしまい、今でも動物園を利用する人々の頭には三種の神器がこびり付いていると思います。そんな日本の動物園の“常識”に疑問を呈しているのが、当会の理事でもある到津の森公園の岩野園長です。園長は「キリンもゾウのいない、そんな動物園があっても良いじゃないか」というポスターを園内に掲げて、新しい動物園を模索する姿勢をしっかりと表明しています。


話は戻りますが、こうして国民の間に定着した動物園のイメージは、「動物園は珍しい動物を見て楽しむところ」というものでした。動物園が、社会的使命として「種の保存や研究、環境教育」を挙げても、多くの人々にとって、自分の体験から来る動物園観からは、ほど遠い印象を受けてしまうでしょう。その動物園のイメージを変えるには、日本で初めて作られた動物園が国立であったように、日本で最初の、未来を見据える動物園は、国立でしか出来ないと思うのです。国立動物園が出来て、その役割を果たしていけば、既存の自治体立動物園は否応なくその活動方針を国立動物園に合わせて是正してくることと思われます。既存の動物園が自らの発想で動物園改革を進め、野生動物の種の保存ばかりでなく、域内保全と直接連動する域外保全、さらに生息地の環境保全にも関わりを持つ動物園となることを目指そうとしても、現実には動物園を設置している自治体や親会社の無理解による決め付けによって、いつまでも現状と変わらぬ動物園が続くだけのような気がします。やはり既存の動物園の活動を抜本的に変えるのは、国が国立動物園を建設し、お手本を示すしかないと私は確信します。


NPO法人国立動物園をつくる会
代表理事 小菅正夫


参考
(※1) 1916年閉園
(※2) 1928年鹿児島市営となり、1972年鹿児島市平川動物公園
(※3) 1937年名古屋市東山動物園
(※4) 2003年閉園 
(※5) 2002年閉園
(※6) 2003年閉園
(※7) 2000年閉園の後、2002年北九州市が到津の森公園として再建


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